vol.14 「年越しそば」

2012年3月21日 10:58

早いもので、今年も残り少なくなりました!
師走です。クリスマスが過ぎると、すぐに大晦日(おおみそか)となり新しい年がやってきます。そこで今回は大晦日に食べる「年越し蕎麦(そば)」についての雑学を紹介します。

 

大晦日に縁起を担いで食べる年越し蕎麦ですが、その習慣は日本各地に昔からあり、その呼び方も【大晦日蕎麦】【大年蕎麦】【縁切り蕎麦】【年取り蕎麦】【寿命蕎麦】【つごもり蕎麦】【運蕎麦】【福蕎麦】など様々です。

 

年越し蕎麦の由来は「蕎麦のように細く長く元気で暮らせるように」というのが一般的ですが、他にも諸説あり、蕎麦が切れやすいことから「一年の労苦を蕎麦のように切り捨て、新しい年に持ち越さないように願う」という説、また金細工師が金粉を集める時に蕎麦の団子を使う事から「蕎麦は金を集める縁起物である」という説があります。
また、蕎麦という植物が、雨風に強く吹かれ叩かれても日光を浴びると再び元気になる事に縁起を担いで年越し蕎麦を食べる人もいます。

 

 

年越しに蕎麦を食べる食習慣の歴史はとても古く、蕎麦切りのなかった時代には、蕎麦餅や蕎麦がきを食べていた頃にまでさかのぼります。
鎌倉時代には九州博多の承天寺で、年を越せない貧しい人たちにそば餅をふるまったところ運が向いてきたので、運蕎麦として大晦日に食べるようになったそうです。
そして室町時代には、関東三長者の一人である増渕民部が、毎年大晦日に無事息災を祝って家人達と蕎麦がきを食べ、次のような短歌も残しています。
世の中に めでたきものは そばの種 花咲きみのり みかどおさまる
「みかど」とは蕎麦の実が三稜角ということですが、その音はその時代の帝にも通じます。

 

では実際にはいつ頃から、現在のように麺の状態で蕎麦を食べていたのでしょうか?
そのヒントはかの有名な俳人 松尾芭蕉の高弟、服部嵐雪の句にありました!
蕎麦うちて 鬢(びん)髭(ひげ)白し 年の暮
この句は「年の暮」とあることから年越し蕎麦を打つ人の姿を詠んだ句とされています。
嵐雪が没したのは1707年。ということで、年越しそばの習慣は、おそらく江戸時代中頃には行われていたと考えられます。

 

このように、私たち日本人が昔から食べてきた年越し蕎麦!
今年も大晦日に年越し蕎麦を食べて、この一年を振り返り、新しい年の幸せを祈りましょう!